感想 留年や浪人経験のある人は『りゅうおうのおしごと!』3巻を読んでくれ

2019年10月16日

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「夢を追い続けることの苦しさ、挫折」を描いた作品は、多く存在する。


『小説の神様』、『SHIROBAKO』、『ラ・ラ・ランド』。様々な媒体で生まれ続けている。
息苦しくも、リアルに満ちた物語。夢に頓挫し就職浪人を経験したことのある私にとっては、胸を痛めるものであり、励みにもなってきた。


そんな中でも、私が特に何度も読み返している作品がある。
生々しい将棋界の戦いを描いたライトノベル『りゅうおうのおしごと!』3巻だ。

 

 

この3巻では、棋士として成長を積み重ねてきたヒロインのあいが、「対局に勝つことは、大切な人を傷つけることになるかもしれない」と将棋の向き合い方を考えるのがテーマの一つとなっている。


しかしそれ以上に突き刺さったのが、もう1人スポットが当たっていた、25歳の研修生、清滝桂香の葛藤だ。


女流棋士を目指し、誰よりも長く将棋をやっているのに、自分より若い人にどんどんと追い抜かれていく感覚。長く研修会で戦ってきたからこそ重くのしかかる、研修会の年齢制限(26歳)が迫る重圧。

 

かけた時間と努力が実ってくれないもどかしさは、どうしても他人事に思えなかったのだ。

 

25歳のあなたは今、何をしている?

「桂香は今、何をしているの?」
そう聞かれるのが怖くて、私は自分からは何も話さず、貼り付いたような笑顔を浮かべて隅の方に座っていた。みじめだった。

 

桂香の周りは、結婚や恋愛の話で持ちきりになっていた。


同窓会に行けば、同級生はみな幸せそうに笑い、中には赤ちゃんを連れている子もいる。


25歳。社会人としても、女性としても、大きく変化が生まれている歳だ。だから、結婚の話題で持ちきりになるのも、当たり前なのだろう。


だが、桂香はその「当たり前」を拒む道を選んだ。


女流棋士になるため、まっすぐ進んできた。なのに成績を出せず、昇級どころか、B(降級点)を背負う危機に立たされている。


将棋界、プライベート、桂香の居場所はどこにあるのだろうか。

 

才能の差、自分を信じる心

私の勉強法が次々と否定されていく。
それは私がこれまで費やしてきた膨大な時間が『無駄』だと切り捨てられているわけで、究極的には人生の否定だ。しかもその全てに説得力があった。

研修会で「努力してない」人なんていない。みな努力しているからこそ、簡単には勝てない。


けど、みんな努力しているなら、桂香より先に女流棋士になっている子と、負けないくらい努力してきた自分の差は何? 才能の差?
なら、才能の差を埋めるためにどうするか?


これまで桂香は、短時間のVS将棋など、とにかく経験をこなすことでその差を埋めようとしてきた。


しかし、内弟子であり、天才棋士である銀子は、その考えをバッサリと切り捨てた。そして、桂香に指導したのは、長考の持久力と短手数の詰将棋、地力を鍛えることだった。


他の人を出し抜く技術を見つけるのではなく、あくまで地力を高めること。


周りより経験を重ねている分、若い人らより優っているんじゃないか、という驕りを叩き潰すかのような指摘だ。


自身を否定されたような気持ちを抱えながらも、銀子が最後に示してくれたのは、積み上げられた桂香の研究ノート。

 

『積み上げてきたものを使って』
『あるでしょ? あそこに』

 

新しい手札よりも何よりも、今まで重ねてきた努力を信じること。それが何よりの武器なのだと。

 

『こんなものが私の武器だなんて……銀子ちゃんも酷い──』
そう言いかけて。私はふと気付く。
女流棋士を目指して修行を始めてから書き始めたそのノートの束は、いつしか脚付きの将棋盤よりも厚くなっていたのだ。

 

何年にも渡る努力、研究の結晶がガラクタの山だとしたら、そのノートに注目する筈はないだろう。


けど、桂香は一局一局を真剣に向き合ってきた。拙くても、形が悪くても、伸び伸びと指していた当時の棋譜が、ノートに書き込まれていた。


そして、当時の思い出に引き込まれるように、桂香はページを捲り続ける。


目の前の成績に振り回された中での、曖昧な「記憶」でなく、形として残った「記録」が雄弁に物語る。この巻の中でも特に好きなシーンだ。

 

将棋人生の懸かった対局へ

「今日、連勝してBを消せないようなら……研修会をやめるつもりです」

 

物語は終盤を迎え、桂香の将棋人生を分ける1日が始まる。


これまで優しく接してたあいに対して、容赦の打ち方をする桂香。
対して、桂香に勝つことが、桂香の人生を壊すことだと知りながらも、負けたくないと信念をぶつけるあい。


10歳以上も年下の子に圧倒される桂香。これまで何回も実感してきた、覆しようのない、才能の大きな壁。負けられない大一番で再び目の当たりにしようと、一筋の勝ちに手を伸ばして、桂香は打ち続ける。


子どもの頃大好きだった筈の将棋が、一方を地獄に叩き落とすゲームに成り代わっても、どちらも譲らない戦いは、胸を焼き焦がすほどの熱さに満ちていた。

 

まとめ


『りゅうおうのおしごと!』は、将棋界のリアルを、ライトノベルと言えど生々しく描いた作品だ。登場するキャラたちは、男性的・女性的魅力というよりも、将棋に一生を捧げた人たちの生き様という熱量で、惹きつけられた印象だ。


勝ち負けの世界だから生まれる、身を引き裂くような劣等感も、夢の岐路に立たされた時の生き地獄のような苦しみも、全てが文章から飛び出して襲いかかってくる。


過去にアニメ化もされたが、あいや桂香たち登場人物の葛藤を、自分の中で繰り返し咀嚼できる本媒体の方がより実感できる。


だからこそ、読んでから何年も経った今も、私の中で『りゅうおうのおしごと!』3巻は忘れられない、宝物のような存在になっているのだと思う。


苦しくて仕方ない将棋を、なぜ続けているのか。この対局の先、桂香の生き方はどう変わっていくのか。
彼女が最後に答えを出す瞬間は、胸にじんわりと温かなものを残してくれたからだ。


夢を諦めた人、夢を見ることすら忘れてしまった人に、この一冊は強く響く。将棋を知らない人にも、読んでほしい一冊だ。

 

追記

 

コミカライズ版の桂香vsあいも、鬼気迫る戦いの描写が緻密で、原作とはまた違う味わい深さがある。ぜひコミック版も手に取って欲しい。

 

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