【感想】劇場版『冴えない彼女の育て方 Fine』冴えカノを好きでいてくれた貴方へ贈る、最終章

2019年11月8日

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最高のフィナーレを、ありがとう。
『冴えない彼女の育て方 Fine』は、その一言に尽きる映画だった。

冴えカノ原作1巻発売から、7年。
アニメ放送開始から、5年。
劇場版放映までかかった年月だ。

新刊を読んでは、先の見えない展開にモヤモヤしてきた。
アニメを観て、恵たちが喋り、動く姿を楽しんできた。
いちファンとして、冴えカノを追い続けてきた時間の積み重ねは、青春と呼んで差し支えない。
だからこそ、その最終章を観るのは、大きな期待と、寂しさもあった。

けれど、実際に流れた映像は、そんな想いを全部ひっくるめて成仏させるようなアニメーションだった。
一つ一つのシーンに、スタッフの愛が詰まっていて、原作の内容は知ってるはずなのに、たくさん笑い、たくさん泣いた。

原作完結まで読んだ人も、アニメから入った人も、絶対に楽しめる映画だった。
これだけは、断言できる。

概要


肝心の映画の内容だが、ざっくり言うと、いわゆる恵ルート作成の部分、原作11巻〜完結(13)巻+外伝のGS3巻の内容で進行していく。

物語のあらすじは、以下の通り。

二期終盤で倫也が企画した、新作ゲーム『冴えない彼女の育て方』制作は順調に進み、倫也自身が全てのシナリオを執筆することになるも、サブヒロインのルートはほぼ完成していた。

しかし、メインヒロイン、叶巡璃のシナリオだけが行き詰まっていた。それは、ルート突入の、巡璃と恋人同士になるシーン。刻々と締切が迫る中、倫也は恵からシナリオの相談をすることに。

恵によく似た……いや恵そのものなキャラとシナリオを読んだ彼女は、一つ提案をする。
それは本読みと言う名の、恋人となるシーンを実際に再現する、デートに等しいもので……

恵ルートへ直行だったので、つまりは英梨々、詩羽ルート作成の9、10巻の内容は省かれている。そこは劇場版の尺だと仕方ない。

けど、ただ原作の恵ルートをやるだけだったら、発表から1年、こんなに時間がかかる必要はない。
そもそも、恵ルート、もとい冴えカノ終盤の魅せどころというのは大きく分けて2点。

①恵がメインヒロインとして、曖昧だった倫也との関係が進展し始める
②英梨々と詩羽先輩が、倫也と恵との関係を応援、そして大物クリエイターとして二人の旅立ち

①の純愛パートと、②の失恋パート。この作品の真骨頂である部分を、原作以上の演出にしてぶち抜いてきたのだ。

普通の恋愛、だからこそ


原作5巻(ア二メ二期3〜4話)で「ゲームは総合芸術」の話があった。
ゲームは、シナリオが良いでなく、イラストや演出が化学反応を起こす仕組みがあることで、名作になるのだと。
ならば『冴えカノfine』は、アニメの武器を総動員した、「アニメの総合芸術」と言える作品だった。
……見てるこちらが恥ずかしくなる演出を山盛りにして。

例えば、駅のホームに座りながら、倫也の書いた巡璃ルートのシナリオ──手を繋ぐシーンを再現する場面。
カメラは二人の手のアップになり、ゆっくりと恵の手が近づいていき、指が触れ合う。そして、倫也の手が緊張してる様子や、恵がさらに踏み込んで指を絡め、恋人繋ぎにする動きが、細かく描かれる。

この間、およそ2分。
初々しくもぎこちないやり取りを、2分近く、大画面で見せられ続けるのだ。胸焼けする。

そして何より、恵役、安野希世乃さんの演技が凄かった。

巡璃シナリオの本読みシーンで、巡璃の気持ちを代弁しているはずが、恵の本音が少し漏れてるところ。
「倫也と付き合ってるの?」と聞かれ、いつものようにフラットに返そうとしてるのに、眉を寄せ、少し口調が強めになっているところ。

8巻以降、恵の方向性は安野希世乃さんの演技に影響されたというのも納得できるほど、フラットの裏にある熱情が、繊細に表現されていた。

倫也と恵の関係は、始まりも、進展も、ドラマチックなものとは言い難い。気づけば、互いに心を許せる関係になっていた、普通の恋愛模様だ。
けど、「普通の恋愛模様」を輝かせるのは、本当に凄いことなのだ。

壁があったら殴りたいと思わせたほどに、ちょっとずつ素直に、大胆になっていく恵の描写に、アニメスタッフの底力を痛感せずにはいられなかった。

そして龍虎は旅立つ


もう一つのキモである、英梨々・詩羽の失恋シーン。
ルート作成の巻が省略されてしまった二人だが、個人的に、一点においてある種恵まれてると思った。

英梨々に、倫也と恵の関係を淡々と告げる詩羽。
子供の頃からの、何年間もの恋が破れ、崩れ落ち大泣きする英梨々。

英梨々役の大西沙織さんは二期で演技に入れ込みすぎた旨を語ったりしていたが、思わずもらい泣きするレベルだった。
加えて、トドメと言わんばかりに挿入歌が流れる。もう、もらい泣きどころでは済まなかった。

そして、挿入歌『DREAM TEAM TRIANGLE』の歌詞もまた、失恋ソングとして凄まじい破壊力を持っている。

倫也へのエール、そしてクリエイターとしての再出発。
映画を観終わってから改めて聴き、歌詞を知った時、二度泣いてしまった。
丸戸作品の凄いところは、たとえヒロインがルートから外れた(失恋した)としても、輝きを失うどころか、むしろ強く光るところにあると思う。
そんな、「倫也の尊敬する絵師/作家」で在り続ける、強い決意のキャラクターソング。
二人の恋のピリオドである大一番に、この歌が作られたのは、ある種恵まれているのかもしれない。
選ばれなかったヒロインの在り方として、理想形の一つを垣間見た瞬間だった。

「私たちは、走り続ける
必ず追いつけると、信じてるから」

13巻の向こう側

そして、原作の物語だけで終わらないのが丸戸史明。『冴えない彼女の育て方fine』。
詳細はネタバレになるので伏せるが、言えることがあるなら、一つだけ。

ここまで恋愛模様についてピントを当ててきたが、倫也や恵が何より大切にしてきたのは、『blessing software』という、かけがえのない居場所そのものだ。
二期終盤、サークル崩壊の危機に瀕した時にも、強く表れている。

だから、

blessing softwareは、なくならない──

劇場版のキャッチコピーであるこの言葉は、ちゃんとそこに込められていた。
冴えカノのこれまでの歩み、数年分のカタルシスが詰まっていたのは、間違いない。

個人的に染みたのは、Cパートを終え、画面が暗転した後。
「かんぱ〜い」「お疲れ〜」とキャストの素の声らしきものが流れ、今度こそ終わる。

その安心に満ちた、和やかな声を聞いた時、満足感と同時に、「ああ、これで冴えカノというコンテンツに幕が降りたんだ」と寂しさに包まれた。

さよならのかわりに

最高の大団円を、最高の形で描いてくれた映画だった。

『冴えカノロス』なんて単語も生まれているくらいな本作だが、映画を見終わった今、強く感じている。
けれど、ずっと応援してきた作品の最終章を、ここまで大切に作られたアニメーションで見られたのは、幸せな気持ちも大きい。

こうして感想を書いた訳だが、喪失感を埋めるため──いや、来場者特典である連続7週配布の書き下ろし小説のため、「しょうがないなぁ」と言いながら、また劇場に足を運ぶのだろう。

丸戸史明先生、深崎暮人先生、アニプレックスの皆さま、本当に素晴らしい作品をありがとう。お疲れさまでした。

PS.冴えカノは完結したが、丸戸史明シナリオの名作たちにも、ぜひ触れて欲しい。名作は、いつプレイしても良いからこそ、名作と呼ばれるのだ。

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